堂珍嘉邦の離婚原因は妻の敦子にある可能性の理由!子供の親権はどうなる!?

こんにちは!ティーヤです!

新年早々におめでたいニュースや残念なニュースが飛び交っていますね。

そんな中でも、今回は残念?なニュースの方を調査したいと思います!

音楽ユニット「ケミストリー」の堂珍嘉邦さんが離婚を発表したことが話題となっています。

妻の堂珍敦子さんはモデルとして活躍している傍らで、助産師になるべく現在は看護専門学校で授業を受けているそうです。

さて、一見順調な夫婦に思えた二人の間に一体何が起こったというのでしょうか?

今回の記事では、離婚原因は何だったのか?個人的な見解で調査していきたいと思います!

子供は5人いるそうなので、子供の親権も気になるところですね!

堂珍嘉邦さんの離婚原因は妻の敦子さんにある可能性の理由!

これ僕の好きな曲↑

まず最初に2人が結婚した時のことを振り返っておきましょう。

お2人は2004年6月1日に出来ちゃった婚します。ですが、交際の噂があったのは2002年頃だそうですから、2年間で愛を育んでいったのでしょう。

2004年と言えば堂珍嘉邦さんは26歳で、ケミストリーとしては2月に3枚目のアルバム「One × One」を発売した年です。

堂珍敦子さんも当時は同じく26歳。2004年12月11日に第1子を出産した後にファッション誌「VERY」の専属モデルとして活躍してきました。

ですが、実はそれから10年後の2014年頃からお2人の離婚は噂されていたのです。

堂珍嘉邦さんは離婚の経緯について

「沢山の時間をかけ話し合って来ましたが、お互いの将来を考え別々の道を選択するという結論に至りました」

とコメントしました。

沢山の時間をかけたとのことですから、離婚を考えたのは相当前からだということが伺いしれます。

お互いの将来のことを考えるというのは

堂珍嘉邦さんはこれまで通り音楽活動ですよね。

そして堂珍敦子さんは冒頭でもお伝えした通り助産師になる為に日々勉強に励んでいます。

なので、いずれは助産師としてのお仕事に就くと思います。

ここで思うことは・・・。

変化があったのは堂珍敦子さんの方ですよね?

モデルをしながら主婦業をこなしてきたわけですが、40歳を前に子育ては大事だけど自分の人生をどう生きるかという思いが強くなったと言います。

助産師になりたいと思い出したの3児、4児にあたる双子を出産した時期だそうで、お母さんと赤ちゃんにもっと関わりたいという思いからでした。

新しいことにチャレンジすることはとても大事なことですし、成功に向けて努力することは自身の成長に繋がりますから、マイナス要素はありません。

でも、このチャレンジが時にはパートナーとの溝を深める原因になってしまうこともあるのかもしれません。

もしかしたら堂珍嘉邦さんはこれまで通り、堂珍敦子さんにモデルをしながら主婦業をしてほしかったのかもしれませんし、専門学校に通うことで主婦業が疎かになってしまったのかな?とも思いました。

相模原看護専門学校を参考にしますと、授業時間は9:20〜16:40となっていますので、約7時間学校に通うことになります。

そのあとに主婦業をこなすとなると、やはり疲労などでストレスも多いのではないでしょうか?

まぁあくまで個人的な見解ですので、本当の離婚原因の真相は分かりませんけど・・・。

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子供の親権はどうなる!?

次に気になるのは親権はどっちが持つのか?ってことですよね。

子供は息子4人と娘1人いるわけですが、

基本的に親権を持つ基準として考えられるのが

◦乳幼児は母性の優先が原則

◦子の意思の尊重

◦監護態勢の優劣

◦現状維持の優先と奪取の違法性

◦兄弟姉妹の不分離

◦面会交流への姿勢

と言われていますが、重要なのは夫婦間での協議だそうです。

堂珍嘉邦さんはこれからの活動について

「これからも音楽活動により一層力を入れて邁進していく所存です」

とコメントしていましたから、仕事に専念する意思が伝わってきます。

なので親権は妻の堂珍敦子さんが持つのかな?って気がしました。

堂珍嘉邦さん敦子さん夫妻の離婚についてネットの反応は?

まとめ

一度は愛し合った夫婦の離婚は非常に残念ですが、夫婦関係以上にお互い大事なことを求めての離婚だったのでしょう。

しかし、例え離婚したとしても子供の親であることに変わりはありませんので、これからも父親、母親として子供を立派に成長させてほしいですね!

最後までお読み頂き、ありがとうございます。

是非、他の記事も読んでみてくださいね♪

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